空爆の日に会いましょう OnlineSee you on the bombing day
宣言文 Declaration
 ある時、私はこんな話を聞きました。 私の友人のAちゃんは幼い頃から何度も繰り返し繰り返し、赤色の鳥が空を飛んでいる夢を見ていたそうです。Aちゃんがその夢のことを恋人に話したところ、その恋人も幼い頃から繰り返し繰り返し赤色の鳥の夢を見ていたのだそうです。Aちゃんは昨年結婚して、パリへ行きました。
 Aちゃんが今、どこで、何をやっているのかは、知らないし、私にはこんなロマンチックな出来事はちっとも起こる様子はありません。
 9月のある日、渋谷のスターバックスコーヒーでコーヒーを飲みながらチーズケーキを食べている最中に、アメリカではビルに飛行機が突っ込みました。
 その時、私はふと、Aちゃんのこと、赤色の鳥の夢のことを思い出しました。

 それと同時に、私はなぜか、強迫的に、ビルの中で、飛行機の中で死んだ人の中に、私と同じ夢を繰り返し見つづけている誰かがいるのかもしれない、と、とてつもない不安に駆られたのです。私は、世界のどこかで、まだ見ぬ 土地で、私と同じ夢を見ているかもしれない誰かが死んでいるのだ、と、確信的に思ったのです。そしてその誰だかわからぬ 愛する人と私は、永遠に出会うことなく、永遠のはなればなれだと、衝撃的に理解したのです。
 けれど、私は日本の東京にいて、あいもかわらずスターバックスの木の椅子に腰掛けたまま、涙を流すでもなく、笑うでもなく、あいもかわらずコーヒーを飲みつづけ、チーズケーキを食べつづけているのです。
 私はなにもできずにただぼんやりとしているのです。それどころか、明日の朝ご飯や、セックスをしようかしまいかを悩んだりしながら、そのことさえも忘れてしまったようなのです。
 その時、私が夢を見るときのこと、私と同じ夢を見ているかもしれない誰かが誰かによって殺されて死ぬ ときのことを、記憶してゆかなくてはいけない、と、思ったのです。
 それと同時に、世界が、私の周りの世界が、全部のテレビが戦争ばかりになっても、私は夢を見続けることを忘れないようにしようと決心しました。
 
 私は東京の男たちのウチへ泊まりに行くことで、ウチではない場所で眠ることで、何かを忘れないことを試みようと思うのです。それは、修学旅行の夜のようでもあるし、お通 夜の夜のようでもあるのでしょう。
 どこかに落ちてゆく爆弾は、まだ見ぬ愛する誰かを殺すのでしょう。ならば私は、日本の東京にいて、不確実な空爆や戦争のニュースに踊らされながら、この場所で、爆弾になろう。誰かどこかの男のところへと落ちてゆく爆弾です(至って大迷惑なお話ですが)。それで、場所と共に記憶するの。夢を記録するの。

  ただ、その時に、セックスはしないよ。
 戦争するなら、セックスしません。
 みんな何かを「する」ということばかり言うけれど、何かを「する」ではなくて、積極的に何かを「しない」ことではだめなのかしら。
 何かをすることは難しいけれど、何かをしないということなら、できるような気がする。
 
 こんなふうにして私は、とてもとても個人的ではあるけれど、愛するかもしれない誰かが殺したり殺されたりしていることに反対してゆきたいと思うのです。そして、たとえみんなが戦争のことばかりを口にするようになってしまっても、私はそれを無視しつづけて、日常の日々を続けてゆきたいと思うのです。

 私一人が男のウチを泊まり歩いたからといって、何も変わりはしないし、戦争だって誰かが殺したり殺されたりすることだって、ちっとも終わりはしないだろう、と言われるかもしれない。本気なら地雷を掘りに行ったり、お金を寄付したり、医者になったりすればいいじゃない、と言われるかもしれない。けれど、それだけではない方法は、ないのかしらと思うのです。目の前の何かをはじめることはできないのかしらと思うのです。
 いつかみんなが助け合えば、いつかみんながお金を寄付すれば……いつかみんなが殺したり殺されたりをしなければ、いつかみんなが戦争をやめれば、いろんないろんな仮定や空想ができるでしょう。けれど、私はその「いつかみんなが」をもう待ちくたびれてしまったのです。
 私はただとてもとても単純に、愛するかもしれない誰かが死んでいる瞬間にもその「いつか」を待ったままなす術すべなくただぼんやりと立ちすくんでいるだけしかできないことが、とても哀しいだけなのです。それは、夢のような「いつかみんなが」がくれば素敵でしょう。
 けれど、もしその「みんな」がきっとこなくても、私とあなただけなら、少なくとも今日にも明日にもありえるのではないかしら。 私は活動家でもないし、運動家でもない、日本の、ごくごく平凡な23歳の女の子です。きっと、私が、今、どこかでポックリ死んだとしても三面 記事にすらならないような、小さな存在です。

 ただ、そんな私にも、愛する人や、これから愛するだろう人が、いるみたい。
 だから、泊まりにゆくよ。
 私に会ったら、きっと、思い出すでしょ、空爆の日を。
 ご飯を食べたら、きっと、思い出すでしょ、私のこととか、まだ見ぬ愛する人や夢のこととかを。
 だからね、空爆の日に、会いましょう。
 こうして、こんな風にして、私の優雅な日本の難民生活は、はじまり、はじまり。
Top Page宣言文三角関係メインページメインページの遊び方Project InfoPrivacy PolicyContact